逃亡者

 現実を直視できない監督に指揮を取る資格はない。
 9回表ツーアウト2、3塁。サファテに代わって急遽登板した今村がロッテ岡田に同点タイムリーを打たれた。その瞬間、野村謙二郎は現実を直視できずに、うつむいた。指揮官が真っ先に下を向くチームが勝てるわけがない。
 9回表の攻撃が終わった後、ベンチに戻った今村はタオルで顔を覆った。ポーカーフェイスで感情を滅多に見せることがない今村が泣いていた。9回途中で降板をしたサファテが肩を叩く。勝ち投手の権利がなくなり、一番悔しかったはずの大竹が今村の隣に座り、声をかける。ベンチに控えていた野手陣が今村を激励した。
 しかし、野村謙二郎の姿はそこにはない。選手が一番辛いときに、無言で突き放す。サファテを替えたときも野村謙二郎は視線も合わせずに途中降板を告げた。
 9回裏、試合開始時刻から3時間18分経っていた。3時間30分が経過すれば、時間制限ルールにより延長には入らない。1番梵は11球、2番東出は7球粘った。ランナーを出して4番ニックに回したい気持ちもあったが、時間を稼いで最低でも同点で終わらせたい計算もあったはずだ。二遊間を固める梵、東出は9回裏ピンチの場面で今村に再三声をかけていた。大竹、サファテ、今村のためにも最低でも負けるわけにはいかない。個人主義だった梵にもチームリーダーとしての自覚が芽生えていた。
 9回裏ツーアウトランナーなし。代打前田が凡退したとき、野村謙二郎は真っ先にベンチ裏に下がった。指揮官が目の前の結果を受け止められず逃げた姿に誰がついていくのか。ベンチに残り、今村やサファテを慰めていた大竹の方が辛いはずだ。それでも逃げずにベンチにいたのは打たれた投手の気持ちがわかっているからだ。はぶてることもなく、投手陣のリーダーとして振る舞った大竹の姿に頼もしさすら感じた。
 しかし、野村謙二郎はファンもナインも見捨てて逃げた。自らが招いた勝ちパターンの崩壊に目を瞑り、観客のヤジからも耳を塞いだ。試合後の記者会見は選手の責任にするか、もしくは会見拒否だ。見ざる、言わざる、聞かざる。現実を直視できず、敗因に関して言及もできない。チームへの批判や不満を聞けないようでは指揮官の資格はない。卑怯者に未来はない。