赤い花

 クライマックスシリーズファーストステージ阪神対広島第1戦。
 肝っ玉が太いウチの嫁さんが思わず「緊張する」とこぼした試合前の甲子園球場。ドキドキしながらテレビ中継が始まるのを待っていたが、真っ赤に染まったレフトスタンド、3塁側内野席を見て感動の余り、心が震えた。
 甲子園球場阪神ファンのメッカである。普段の試合なら球場全体が黄色一色に染まり、レフトスタンド上段の一角だけが小さく赤くなっている(カープファンの愛称:紅しょうが)。
 しかし、クライマックスシリーズの2試合では3塁側からレフトスタンドが赤く染まっていた。敵地で戦う選手を応援するために、カープファンがレフトビジター専用応援席の周辺のチケットを買ったのだろう。私達夫婦も第3戦のチケット(3塁側アルプススタンド)を確保して、日帰りで甲子園に駆け付けるつもりだった。完全アウェイの甲子園で阪神ファンに囲まれて応援するのは覚悟が必要だが、選手を励ます小さな赤い花になりたかった。
 野村謙二郎監督は勝利監督インタビューの冒頭に「甲子園に多くのカープファンが来てくれて選手は勇気付けられた。これが一番の勝因」と話していた。1番を打つ丸佳浩外野手も「甲子園はいつもアウェイ感たっぷりですが、今日はカープファンが多くて、神宮や横浜でプレーするときのような気持ちでできました」と振り返っている。
 カープファンの熱意が敵地で戦う選手に勇気を与えて、普段通りのプレーができる環境を作った。野手は2試合連続の無失策と二桁安打で計15得点を積み重ねて、投手は先発が最少失点で抑えて、救援陣が粘り強く投げ切った。ファンと選手が一体になり、初めてのクライマックスシリーズファーストステージを2連勝で突破した。
 忘れもしない05年9月24日、旧広島市民球場で行われた広島対阪神戦。その年にセリーグ優勝を決めた阪神タイガースに対して、カープは最下位に沈んでいた。阪神ファン広島市民球場を黄色く染めて、カープファンはライトスタンドの一角に押しやられた。カープファンが盛り上がったのはその年に本塁打王を獲得した新井貴浩のホームランだけ。チームも負けて、応援にも負けて、屈辱的な思いをして球場を後にしたのを覚えている。
 そのときにスタメンで名前を連ねていた選手は新井貴浩大竹寛しかいない。「ミスター赤ヘル」山本浩ニ監督が4番打者として育て上げた新井はカープの歴史を変える男だとファンは信じていた。しかし、その思いは裏切られた。
 新井は07年秋に「優勝ができるチーム」を求めて、阪神にFA移籍した。しかし、3度のファーストステージ挑戦で勝利に貢献できず、皮肉にもカープがファイナルステージ進出を決めた第2戦で最終打者になった。
 新井が三振に終わった瞬間、赤い大輪の花が甲子園に咲いた。