「ため息は歓喜のはじまり」辻三蔵の「ウィークエンダー
 「出るのはため息ばかりだな」大久保洋調教師が思わずボヤいた。震災から2週間が経ったが、その影響は美浦トレセンにも暗い影を落としている。「ライフラインはだいぶ回復したが、原発は気になるし、余震も続くので心配は尽きない。競馬もな」とこぼす。
 4月に行われる予定だった中山、福島開催が中止になったこともあり、4月10日まで阪神、小倉の2場開催になった。本場に当たる阪神開催は出馬ラッシュになり、3歳未勝利は優先出走権が発生する上位入選馬(前走2〜5着)と未出走馬が出走枠を占めた。古馬500万の場合は優先出走権を持つ上位入選馬と地方競馬からの転入組が名前を連ねる。次位は間隔が開いた順に出走できるが、「メジロオードリー(4歳500万)は1年以上休んでいても出走できない。メジロダイボサツは前走6着では優先出走権がない。調子は上がってきたのに使いたくても使えない。小倉の馬房も限られているし、どうにもならん」とため息をつくのも無理はない。
 「現状ではどこで使えるのかわからないから調教メニューを組むのも苦労する。この状況がいつまで続くのか考えると、精神的疲労の方が辛いな」とボヤきは続く。すると、大久保洋調教師はセカンドバックから『銀座情報』(刀剣雑誌)を取り出した。「気分転換するにはこれが一番だな」と趣味の刀剣の本を読み出した。
 「競馬ファンも同じ気持ちかもしれませんね」と私が話すと、師は「そうだな。震災で苦労している人も競馬を見たときに、一瞬だけでも震災のことを忘れることができるかもしれない。そのためにいい競馬をしないとな」と気持ちを新たにしていた。
 今週の高松宮記念には大久保洋厩舎の看板馬サンカルロが出走する。「(調整面で)ベストは尽くした。GIを満足のいく仕上がりで出走できるのは何よりだ。ため息が歓喜になるといいな」。師の表情に笑顔が戻った。